2016年10月22日

酒場は人間交差点@「消えた小料理屋の女将」

なだお通しIMG_0354 (002).jpg
僕は若い頃、引越しが好きで、
居候的なことも含めれば、
かなりの数の街に住みました。
いや、いろんな街が知りたくて、
引越しをしていたのかもしれません。
どんな街にも必ずあるのは、
一見さんの入り難い
常連さんばかりのお店です。
昔はかなり美人だったんだろうな
という女将がやっているような
小料理屋がその典型的なタイプです。
居酒屋よりは値段は高いけど、
サラリーマンにも充分通える
価格設定のことが多いようです。
ガラリと店の扉をあけると、
常連さんがいっせいに
こちらを向き、
品定めされている感じ。
僕は酒場に関しては、
チャレンジャーなので
この視線に耐え、
「すみません、いいですか?」
と、探り探りの一言。
「いらっしゃいませ!」
と女将は明るい声で
空いてる席をすすめてくれます。
僕は、かなりいい人を装いながら
まずはビールで様子を見ます。

さてここからは、逆にこちらが
お店と常連客を品定めする番です。
お通しはその店の料理の試金石。
ここで、ちょっと気の利いた
煮付けや旬の野菜のお浸し、
あるいは、おから、ひじきなど、
ひとり者にはありがたい
家庭料理や、その味が
今日仕込んで丁寧に料理された
ことが伝わってくるようだと、
確実にいいお店です。

プロの料理人の料理ではなく、
料理の上手い素人の
味はコンビニやチェーン店
の味に染まった舌には、
まるで母親のように優しく、
心を癒してくれるのです。
そして、地元密着型の
こういうお店を
「いいお店」にしているのは
実は常連客の客層です。
酒場にとって居心地の良さは、
料理の次に大切な要素です。
多くの不特定多数の人間が
集まる場所で、
居心地のいい空間を
保つことは大変なこと。
女将の最大の仕事
といっていいのが
おそらくそれをコントロール
することです。
それはお世辞を言ったり、
褒めたり叱ったりといった
客あしらいよりも、
「女将ファン」をつくること
なのだと思います。
これは理屈ではわかっても
実践することはとても
難しいことですが、
ファンが常連に数人いれば、
自動的に店の雰囲気が
維持されるのです。
プロのように料理一本で
勝負するのではなく
大手資本の飲食店のように
マーケティングでも
勝負できないこういうお店は、
実は危ういバランスの上に
成り立っているのです。

人に歴史ありといいます。
女手ひとつで店を切り盛り
する気丈な女将ではありますが、
お客が少ない暇な時などに、
ポツリと弱気な言葉を
漏らしたりします。
こういう表現は
あまりよろしくないのかも
知れませんが、その女将は
どこかの偉いさんの
愛人だったのだそうです。
40代半ばぐらいでしょうか、
その底知れぬ孤独な横顔と
将来への不安。
若い頃から水商売の世界に生き、
そこで出会った素晴らしい男性が
その偉いさんだったようです。
僕がよく通ったそのお店が
ある日突然、
閉店していたときは、
何だか胸が痛くなったのを
覚えています。
posted by トッチ at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

酒場は人間交差点A「飲み屋のマドンナ」

なだ周辺IMG_0352.jpg
女性の「おひとり様」という
言葉が流行する前から、
おひとり様はどんな
酒場にも必ずいました。
女性のおひとり様には
2種類のタイプがあります。
「女性がひとりで?」という
男どもの興味津々な
視線をあざ笑うかのように
男らしく飲みにくる
タイプです。
お酒が好きで、あるいは、
酒場という空間が好きで、
どちらかといえば明るく
社交的な方が多いように思います。
そして、初めてお店に来た日から
マドンナのポジションを確立します。

もう一つのタイプは、カウンターで
そのお店のマスターや板さんに
ずっと話しかけているタイプ。
あまり社交的ではなく、
不細工なおじさんが
ちょっかいを出すため話しかけると
冷たくあしらうような感じです。
しかも美人だったりするのです。
その店の常連には、
ある程度の配慮はできるし、
店主と懇意の客には愛想もよく
酔っ払ってカラオケに
繰り出したりもします。

こう書いてくると、
この2つ目のタイプの女性。
イヤなタイプの女性に
見えますが実はそうでない
ことも多いのです。
自己表現の仕方がわからないだけ
なのだと思うのです。
普通に力を抜いて生きれば
いいものを、ガードが堅すぎて
自分で自分を縛り付けている
ようなところがあります。
どちらかといえば僕もこっちの
タイプなので、よくわかるのです。
この呪縛から逃れる方法は
ただひとつ。お酒を飲み、
自分を解放する訓練を積むのです。
酒場で人と交わり、
自分の固定観念を
ぶち破るのです。
これは、ある種の
シミュレーションで、
パイロットが飛行機の
操縦を訓練するのと
一緒なのだと
僕は思います。

2つめのタイプの
酒場のマドンナは、
こうした訓練を経て
誕生します。そして、
誕生からしばらくして
店に来なくなります。
お酒の力を借りなくても
自分を解放できるように
なったからなのかも
しれません。
posted by トッチ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

酒場は人間交差点B「常連客3年の法則」

有楽町ぶり大根IMG_0305 (002).jpg
僕は、お酒好きなので、
これまで住んだすべての街に
「常連」として通いつめた
お店があります。
どうでしょう、
週のうち2日以上通えば
充分に常連としての
メンツは保つことができる
のではないかと思います。
「常連」とは居心地のいい
ポジションで、お店の扉を
開けると自分の家に
帰ったような安らぎさえ
覚えるものです。
一方「常連」には、
つらいところもあります。
それほど日にちを
空けずに通わなければならず、
しばらく顔を出さずにいて
久しぶりに行くと、
「どうしたの?」
「心配してたのよ」
などと、根掘り葉掘り
空白の期間の行動を
聞かれたりします。
僕などは、数日行っていない
だけで負い目を感じてしまい、
お酒を飲みたくない
気分だったとしても、
義務を果たすかのように
店に顔を出すところが
ありました。

どのお店にも共通するのは、
気の利いたお通しが
でることです。
これをつまみながら、
今日は何を食べるか
あれこれ考える時間ほどの
幸福はありません。
昔、常連として
通ったお店の中で、
シュウマイのおいしい
お店がありました。基本は、
和食の小料理屋なのですが、
中華料理の心得がある
板さんで、中華系メニューが
いくつかあり、けっこう
うれしいお店でした。
豚肉たっぷりのシュウマイで
食べ応えもあって、
ビールにぴったりの味。
毎晩外食だった当時の
僕にとって、中華系の味で
変化を加えながら
飲める店というのは貴重で、
同じように思う常連さんで
占められていたようなお店でした。

このお店で長く常連を
続けていて気付いたのが
「常連客3年の法則」です。
「常連」といわれる
お客さんでも、
コアな常連数名を除いて
だいたい3年で入れ替わって
いくという法則です。
僕がそのお店に通い始めた当初、
若い客を見つけると男女問わずに
気前よくお酒を振舞っていた
「先生」と呼ばれる人がいました。
が、ある日を境にパタリと
来なくなったのです。
常連で成り立っている店は、
「ちいさな村」と同じなので
いろいろな客がいろいろ
情報収集をして
うわさ話をします。
店の女将によれば、
酔っ払って店の扉の
ガラスを割り、
それ以来、来ない
とのことですが、
噂ではそれだけでは
ないようなのです。
が、真相は藪の中。

そもそも、こういう
「ちいさな村」では
様々な人間関係の
複雑な力学があります。
男女関係も入り組んで
いたりするもので、
どんなお店でも
目に見えないところで
無数のドラマが繰り広げ
られています。
きちんと取材でもしてみたら
一編の小説を書けるのでは
ないでしょうか。
こうして、多くの常連客は、
様々なドラマの末、
少しずつ来なくなり、
少しずつ新しい
常連と入れ替わって
いくのです。5年以上、
その店に通った僕は、
かなりの古株に
なっていました。
不思議なもので、
常連の多くが入れ替わると、
「居心地」が変わるのです。
いや、「居心地」ではなく、
僕が歳を取り、変わって
しまったのかもしれません。
時を同じくして、
僕はその街を
引っ越したのでした。
posted by トッチ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

酒場は人間交差点C「孤独の持ち寄りパーティ」

ビールすしIMG_0323 (002).jpg
ここ数日、ハロウィンで
街は賑やかというか
華やいでいるというか、
お祭りは嫌いではない
僕ですが、どうも
このお祭りには
ついていけそうも
ありません。
考えて見れば、
昔から僕は、
世の中の主流に
乗っていけない
タイプの人間だった
ように思います。

ハロウィンは
どうなのかよく
わかりませんが、
大切な家族や恋人と
過ごすはずの大晦日とか
クリスマスなどに、
一人で飲み屋さんに
行ったことありますか?
多くのお客さんは
カップルや夫婦、友人や
仲良しグループですが、
一人客もいないことは
ありません。

僕がよく行く
「常連」の多い店では、
クリスマスなどの
イベントのある日も、
一人でお店に入ることに
何の引け目を感じる
必要がありません。
それどころか、
クリスマスには
ローストチキンや
時にはケーキなど、
イベントごとにサプライズな
メニューやサービスがあり、
まるで我が家のようです。
高級フレンチや
イタリアンなどでとびきりの
非日常を味わうのもいいですが、
予約が取りにくい上に、
クリスマス特別ディナーのみしか
提供しないお店もあって、
僕はおひとり様でない時も、
そこまでしてそういうお店へ
いく必要を感じません。

さて、ある年のクリスマス、
あるお店でのことです。
常連さんの中にも
高級レストランで
ディナーをした
方々もいましたが、
そのあとに顔を出す
人も多く、少しずつ
いつもの顔ぶれが揃います。
繁華街からは少し離れた
住宅街の中、
この店の灯りは
寒い夜に凍える孤独たちの
たった一つの希望のように
ポツンと光を放っています。
吸い寄せられるように、
いつもの常連たちは、
それぞれの孤独を持ち寄り
パーティを開くのです。
そもそも酒場には、
そういう機能があるのでは
ないでしょうか。
人は孤独な生き物です。
ちっぽけな孤独も、
いくつか集まれば
暖め合うことが
できるのです。
posted by トッチ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月03日

酒場は人間交差点D「真夜中のラーメン」

ラーメン三田IMG_0338 (002).jpg
禁断!真夜中のラーメン。
酔っ払いにとって
これほど心が躍るものは
ありません。
僕にそれを教えてくれたのは、
会社の先輩でした。
尋常ならざる量のお酒を
飲んだときに訪れる
強烈な空腹。
そこに高校生のような
食欲で流し込むように食べる
コッテリした豚骨ラーメン。
なぜこんなに
美味いのでしょうか。

若い頃、僕は、
いくら飲んでも
二日酔いにならないぐらい
お酒が強かったので、
お酒好きで経費を
たくさん使える
その先輩がよく飲みに
連れて行ってくれました。
六本木界隈で
お寿司屋さんのあと
バーで飲んでそのあとは
キャバクラで大騒ぎ。
それでは終わらず
キャバクラの女の子たちと
食べたくもないのに焼肉。
なんというお大臣のような
飲み方でしょう。
その先輩は、そもそも
育ちがよくお金持ち。
もしかしたら一部は自腹で
払っていてくれたのかも
しれません。

8時間ぐらいでしょうか。
一緒にぶっ通しで
飲んでいると、
何だか帰りたく
なくなってくるのです。
恋人でもあるまいし
妙な気分ですが、それは、
お祭りが終わってしまうのが
名残惜しいような
気持ちに似ています。
女の子たちは焼肉で
腹を満たすと
とっとと帰ってしまいます。
もう、お酒など
飲みたくもないのに
バーで飲みなおします。
しんみりとした、
話になり、
ますますうら寂しい
気持ちになって、
帰りたくないのです。
それはお互い同じ気持ち、
阿吽の呼吸で、
だらだらと飲んでしまいます。
薄っすらと東の空が
白み始めると、
「ラーメンいくか?」
と先輩がお決まりの一言。
「行きましょう」
こうして悪魔のような
真夜中の、いや早朝の
ラーメンでお腹を
満たすのです。
当然のように、
餃子とビール。
どれだけ飲んで
食べるのだ。
店を出ると、
朝日が眩しく
もう家に帰る時間です。
先輩も僕も諦めて
タクシーに乗り込みます。
戦友とでもいうのでしょうか、
長い夜を戦い抜き、
お互いを称えながら、
数時間後には、
会社で顔を合わすわけです。

「後日談」
先輩はその後、転職し、
飲みに行くことも
なくなりました。
わがままで強引で、
優しい人でした。
高校生の頃、
女の子と遊ぶより
男同士ばかばかしいことを
しているのが楽しかったことを
思い出すのですが、先輩は、
みんなが大人になって
なくしてしまった
その「青春」のようなものを
持ち続けていたように
思います。
いや、それを失うのを
怖れていたのかもしれません。
ある昼時、猛烈にその味が
食べたくなり、ひとり
いつもの真夜中ラーメンの
お店にわざわざ足を運びました。
ズズッズズッといつものように
麺をすすって感じたのは、
強烈な塩辛さです。
しかも脂っこさも半端ではなく
よくこんなものを旨いと
思っていたなと
感じたのです。
おそらく、酔っぱらって
味覚が若干麻痺した舌には、
このぐらいはっきりした
味でなければ美味しくないのです。
もっと酔っぱらってから、
出直すとしましょう。

posted by トッチ at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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