2018年07月21日

酒場は人間交差点J「バーボン・オジサンの西部劇」

バーIMG_0904 (002).jpg
僕が若いころ、
お酒好きの先輩が
いました。
この方は、バーが好きで
僕を連れて銀座のいいバーで
飲ませてくれたのですが、
当時の僕にとってその方は、
典型的なオジサンでした。
ブランドものの
アイビーファッションに
身を固め、髪の毛も
きれいにセットしているのですが、
体形が昔の日本人という
感じなので、どうも
似合っていません。
そして毎朝濃い髭を
きれいに剃ってくるので
いつも口の周りに
出血がありました。
そんなに身だしなみに
気を使っている割には
鼻からは鼻毛が出ていて
それがいかにもオジサンなのです。

ただ、その先輩の頭の中では、
自分はダンディな紳士という
イメージを抱いているようで、
バーに行くと静かに飲む
大人をいつも必死に
演じているようなのが、
当時の僕にも分かりました。
この先輩がいつも飲んでいたのが、
バーボン。おいてある店であれば、
必ずメーカーズマークを
頼んでいました。
今から考えると嘘のようですが、
当時は、国産をはじめ
スコッチウイスキーは、
オジサンの飲み物でした。
若者はみんなバーボン。
しかもロックで飲むのが
かっこよかったのです。
若い人には分からないでしょうが、
ジュリーの「勝手にしやがれ」という
ヒット曲の阿久悠さん作詞の歌詞にも
「〜バーボンのボトルを〜」という
一節がありましたっけ・・・。

しかも、先輩の飲み方が
一気飲みに近いのです。
僕がソーダ割、今でいえば
バーボン・ハイボールを
ちびちび飲んでいると、先輩は
「男がちびちび飲むのはみっともないよ」
と、僕によく説教していました。
酔っぱらって聞いた話を
総合すると、先輩の頭の中には、
西部劇でショットグラスに注がれた
バーボンを一気に飲み干す
アメリカのヒーローの姿があるようです。
その気持ちはわかる気もしましたが
先輩は結構なペースでほぼ一気飲みを
するので、最後はベロンベロンの
酔っ払いオジサンになってしまうのです。
しかも女性が同席していたりすると
単なるエロオジサンになるのです。
僕と二人で飲むと
説教オジサンになるわけです。
ま、酔っ払いとは、
そんなものでしょうが、
僕もいま若者に人気の
ハイボールを飲んでいるわけで
オジサンという意味では、
十分立派なオジサンです。







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2018年07月29日

酒場は人間交差点K「真夏の夜のお燗」

登川お燗IMG_0775 (002).jpg
真夏のどんなに
暑い夜もお燗を飲む
「社長」と呼ばれる
方が、昔よく行った
小料理屋さんに
いらっしゃいました。
いつもお燗を
飲まれているのですが、
「社長」の口癖は、
「よろしければ、まずは一献」
といって、お燗を他のお客さんに
すすめてくれるのです。
冬場などはありがたいのですが、
真夏はどうもいけません。
そんなこちらの気分を
鋭く察知した「社長」は、
瓶ビールをわざわざ注文して
ご馳走してくれます。
で、いろいろ親しく話して
くれるのですが、
話は特に面白いわけではなく
酔っ払いらしく同じ話の
繰り返し。
そんな方なのですが、
とても人が良く、
いつもニコニコ。
楽しく飲んでおられました。

ところが、常連さんの多くは、
「社長」の傍に座るのを避けます。
お酒はご馳走してくれるのですが、
やはり話がワンパターン。
相手を褒め殺しのように
褒めちぎるので、
何だか居心地が良くないのです。
ある時、僕がお店に入ると
奥の座敷に常連さん5人組。
別々に来た常連さん3人が
カウンターの一番奥。
カウンター手前に、
ポツンと「社長」。
何だか、寂しそうです。
奥の常連さんが僕に
声をかけてくれますが、
僕は「社長」の視線を
感じ、「社長」の隣に
座る決意をしました。
「いやいや、どうですか?まずは一献」
と嬉しそうに僕にビールを
頼んでくれます。
断るのですが、店の女将さんも
心得たものです。孤独な
「社長」の相手が現れたことを
大歓迎しているのです。

こんな日々が続きましたが、
「社長」も実は繊細な心の
持ち主で、何だか
「お呼びでない」雰囲気を
感じ、毎日のように
来ていたその小料理屋さんに
来なくなってしまいました。
気前のいい常連を
失ったお店には痛手だった
でしょうが、
おそらくどこか別のお店で
「よろしければ、まずは一献」
といって、大判振る舞いしている
のでしょう。









ラベル:お燗 小料理屋
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2018年10月22日

酒場は人間交差点L「夜明けのブラックジャック」

barIMG_1977 (002).jpg
夜明けのブラックジャック。
僕が、若かったころ、
ある私鉄沿線に住んでいて、
そこは住宅街だったので
夜遅くまでやっている
お店は限られていました。
おじさんとなって
今や忘れかけている
情熱に溢れていた当時の僕は、
猛烈に働き、猛烈に
飲み歩いていました。
仕事上のお付き合いの
お酒も多く、ストレスに
満ちた毎日でした。

そんな僕が24時近く、
ホッとする場所が、
自宅から歩いて5分の
あるBARでした。
おつまみは乾き物のみ。
まだ20代の若者が
経営する店で、
客層はそれほど稼ぎのない
若者がほとんどでした。
お客の中では、僕と
業界人のAさんがアニキ格。
若い女性も多く、
近所に住む夜遊び族が
集うお店でした。
その駅界隈に
朝までやっているお店は、
ファミレスとそのBARのみ。
毎晩のように
いつもの顔が通うので
まるでそこが自分の
家のようにホッとする
場所だったのです。

ある時は、テキーラの
一気飲みが、病気のように
みんなに蔓延し、
倒れるまで飲むものが続出。
またある時は、
カラオケに場所を移して
朝まで生カラオケが
流行します。
まだまだ、遊びを
覚え始めた若いお客が
多かったので、
バカバカしいことで
大笑いし、時には
大泣きする女性もいました。

アニキ格のAさんが、
ある時、トランプを
持ってきてブラックジャックを
やろうと皆を誘います。
レートは100円玉の
現金オンリーで、
飲みながらやっていると
数時間はあっという間に
過ぎ去ります。
一日のやり取りも
酔ってやっている
せいもあって、
行ったり来たりの
せいぜい数千円です。
とはいえ、お金のない
若者には大きな金額で
勝負は真剣そのもの。
実に楽しいのです。
しかし、毎晩のように
お金を用意できるのは
年齢的にも少し上の
僕とAさんと一流企業勤務の
数人、フリーのデザイナーの
女性というメンバーに
絞られていきます。
メンバーが3人以上
集まると自然に始まります。
メンバーがどうしても
集まらないときは、
この店の経営者の
マスターも入ってくれます。
お金のやり取りがあるので
本当はいけないのでしょうが、
まあ、もうかなり昔の話なので
時効ということで
書かせてもらいます。

若かったから
続いたのでしょうが、
やはり毎晩のように
夜明けまでブラックジャックに
興じていれば、
仕事にも支障があります。
1人抜け、2人抜け、
最後に残ったメンバーは
僕とAさんとデザイナーの
女性でした。
ギャンブルというものには、
金額の多寡にかかわらず、
中毒性があります。
この3人は、中毒にかかって
いたのです。
麻雀でもそうかもしれませんが
延々とこういう非生産的行為を
続けていると、
それぞれがそれぞれの人生を
自然に語ることになり、
この3人は何だか
家族のような
感じになっていました。

ある時、事件が
起こります。
デザイナーの女性が
突然、来なくなったのです。
しばらくして女性から
Aさんが相談されたという
話によれば、ずっと好きだった
マスターと誰もいなくなった
早朝のこのお店で関係を
持ったそうです。かなり
酔ってはいたそうですが、
彼女がマスターに好意を
持っていることは
僕もずっと前から
聞いていました。
ところが、マスターは
酔った勢いの遊び。
彼女は傷つき
仕事の打ち合わせを
社会人になって
初めてすっぽかしたそうです。
どんなに酔っても、
吐きながらも
仕事だけはきちんと
こなしていた彼女の心が、
初めて折れてしまったのです。
数か月間、ブラックジャックは
マスターとAさんと3人で、
時々行われましたが、
他にお客がいれば
マスターは参加できないので、
だんだんブラックジャック熱も
冷めていきます。
しばらくして、
Aさんは転職したとのことで
忙しくて、そのBARに
顔を出すこともほとんど
なくなりました。
青春の終わりとでも
いうのでしょうか。
僕は、ある種の失恋のような
切ない思いに包まれたものです。
それ以降も、Aさん、そして
デザイナーの彼女とは
別のお店で飲んだりも
しましたが、それぞれが、
社会の厳しさ、
ほろ苦い人生を味わい、
何だか妙に大人になって、
バカ笑いしたり、
朝まで飲んだりすることも
しませんでした。
ブラックジャックは
いい思い出として
語るだけのものになりました。
現在は、年賀状のやり取りも
途絶え、2人の行方は
分かりません。
2人が幸福であることを
願います。









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2018年10月26日

酒場は人間交差点M「悠々自適な老夫婦の憂鬱」

なかよしIMG_2617 (002).jpg
かなり前の話ですが、
都内の中心部にある
超高級住宅地の中に、
一軒のBARがありました。
BARというよりパブに近い
スナックという感じの
アットホームな
飲み屋さんでした。
そこの常連さんに
一組の老夫婦が
いらっしゃいました。
今から考えれば、
奥さんは40代後半、
旦那さんも60代前半。
老夫婦などと言っては
失礼なのですが、
なぜだか
老夫婦に見えたのです。
旦那さんは、ある事業で
大成功して、死ぬほど
働いていたそうで、
40代ですっぱりと
リタイアしたそうです。
一生贅沢して暮らせる
資産はお持ちのようで、
このお店にも歩いてこられます。
おそらく近所にお住まいの
常連さんはこのご夫婦だけで、
ほとんどのお客さんは、
いわゆるカタカナ商売や、
商社や証券会社など
一流企業勤務の方や
水商売の方など様々でしたが、
ほぼ全員がタクシーで
このお店に通勤していました。
というのも駅近くの繁華街から
離れた住宅街の
細い路地の途中にポツンと
あるお店だったのです。
交通の便が悪いのが
難点のようですが、
変な一見さんが
入ってこないので、
実にアットホームなお店でした。
僕もおじさん手前で、
仕事が忙しくも楽しい
絶好調の時代でした。
このお店の
ゴールデンタイムは
9時過ぎから。
ほとんどのお客さんが
2軒目、3軒目に
いい心持に酔ってから
来るお店でした。
クーリハイボールIMG_0632 (002).jpg
老夫婦の常連さんは、
ほぼ毎日来られているようです。
日中はスポーツクラブが
日課のようで、映画やお芝居鑑賞など
あれこれやることは多いらしく
話題は豊富でした。
が、なんだか、つまらな
そうなのです。目に生気が
ないというか、僕が、
老夫婦と思ってしまった理由は
そこにあったのかもしれません。
奥さんのほうは、かなり
まんまるい体型に
なっておられますが
まだまだ若々しく、
昔はアイドルのように
かわいかったのだろう
ということが
よく分かります。
旦那さんは、
お相撲さん並の体型で、
いつもニコニコ話を
聞いているだけ。
持病もお持ちのようで
あまり快活とはいえません。
当時20代から30代の
働き盛りの男女が常連の
中心だったので、
時に熱い議論になったり
しましたが、
こんな時、老夫婦は、
静かに若者議論を見守り
羨ましそうにそのやり取りを
見ているようにも見えました。
僕は、お金さえあれば
会社なんかすぐ辞める!
と思っていましたが、
その時、ふと、お金のためとはいえ
社会と密にかかわるということは
幸せなのではないか、
と思ったのです。
僕たちは、会社や社会の理不尽に
激しいストレスを抱えてこの
お店に癒されに来ているのですが、
社会の中で
得がたい喜びや興奮を
感じることもあるのです。
老夫婦は、この店に
癒しを求めて
来ているのでしょうか?
おそらく彼らが求めているのは
社会との接点なのです。
住宅街の看板もない
小さなこのお店の
扉が唯一社会に開かれた
扉なのです。
社会と戦い傷つき、
あるいは勝利の美酒に
酔う若者たちと
乾杯することで、
自分が生きていることを
確かめているのかもしれません。
僕は、それから今まで
死ぬほど働きましたが、
資産と呼べるような
ものは築けませんでした。
その老夫婦が、
幸せだったのか
そうでなかったのかは
分かりません。
少なくとも、
将来に対する金銭的不安は
全くなかったのでしょうが、
人間は贅沢なもので、
刺激のない毎日に
不満を持つことも
あるのだと思います。
奥さんが、酔って
ポツリとそんな風なことを
つぶやいていたのを僕は
よく覚えています。
悠々自適な老後とは
誰もが憧れるものですが、
僕は、あくせくと
一生働くことも
悪くない気がする
今日この頃です。







posted by トッチ at 16:10| Comment(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

酒場は人間交差点N「やすらぎの酒場」。

お燗矢印IMG_0492 (002).jpg
老人ホームを舞台に
倉本聰さんの脚本で
ヒットした「やすらぎの郷」
というドラマがありました。
日本はもはや、いい意味でも
悪い意味でも、
老人が主役の社会に
突入したことを
倉本さんはドラマの
視聴率という形で
証明してくれたような
気がします。さて、
前置きが長くなりましたが、
十数年前の話です。舞台は、
当時僕が良く通っていた
焼鳥屋さんです。
いつもは仕事が終わってから
入るので9時10時に
なるのですが、ある時、
会社をさぼって、
店が開く5時に
入ったことがありました。
先客は誰もなく、
当時まだプリン体を
気にしなくて良かったので
生ビールを飲んで焼き鳥を
つまんでいると、
1人の老婦人が入ってきました。
年齢は、そのヨボヨボした
歩き方、背中の曲がり方からして
70代からひょっとすると
80代という感じです。
慣れた様子で僕の座る
カウンターの2つ隣に
座られました。
お燗を注文して、
お店の女将さんと
遠慮がちではあるものの
親しげに会話しながら
ゆっくりとお銚子を
傾け始めます。
服装は地味ですが
小ぎれいにされています。
何となく気品のある感じです。
僕は、当時まだ若い気でいたので
高齢者の気持ちは
よくわからなかったのですが、
高齢者のしかも女性の
おひとり様が珍しく、
何だかかっこよくて
チラチラ見てしまったのですが、
その老婦人は優しく
話しかけてくれました。
「美味しいですよね」
それは、僕も老婦人も
おつまみに頼んで
食べていた冷奴についてでした。
大森とうふIMG_1355 (002).jpg
初夏の気持ちいい
季節だったと思いますが、
冷奴をつまみながら、
その御婦人は熱燗を
ゆっくり、ゆっくり
飲んでいらっしゃいました。
ガツガツと親の仇を
とるように飲む
僕とは対照的で、
実に品よく美味しそうに
飲まれていました。
冷奴の話をきっかけに
当たり障りのない
世間話を店の女将も
加わってああだこうだと
交わしました。
他にお客さんが
いなかったので、
何だかのんびりと
幸福な時間が
流れていました。
後から女将に聞いた話では、
その老婦人、月に何度かきて、
お銚子一本と
お惣菜一品、焼き鳥
数本を食べて
帰られるとのこと。
お酒に酔い、
外食に舌鼓をうち、
会話を楽しむ。
「高齢者の孤独」と
言いそうになって、
僕は言葉をのみました。
僕も十分、孤独だったのです。
毎晩、あちこちの酒場を
お金もないのに飲み歩く
僕のほうが余程
孤独なのです。
想像するに、その御婦人は
1人暮らしなのでしょう。
もし家族がいれば、
足元がやや危なっかしい
老婦人がお酒を飲みに行くのに
1人で行かせることは
ないのだと思います。
店の女将に訊けばきっと
詳しい身の上も話して
くれるのでしょうが、
おそらく年金暮らし
なのでしょうが、
僕は、こんな
老人になれるのだろうか?
と自問したのを
覚えています。
新橋サラリーマンの
僕の年金がそれほど
あるとは思えません。
この老婦人は、
見方によれば
孤独でしょうが、
僕には幸福に見えました。
少なくとも、
そのお店で一本の
お銚子を飲んでいる時間は
そうに違いないのです。
それから十年以上、
僕は毎晩のように、
酒場を徘徊していますが、
老婦人のおひとり様に
出会うことはありませんでした。
最近は、若い女性の
おひとり様は
珍しくなくなりましたが、
老紳士は見かけても
老婦人は見かけないのです。
何だかあの老婦人は地上に
舞い降りた高齢化社会の
天使だったのかも
しれません。










posted by トッチ at 20:52| Comment(0) | 酒場は人間交差点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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